2008年07月09日
出会いの人間学 ~上~
冒頭、藤尾氏は皆さんならどう答えるか
というくだりから
始まります。
50年程前、松下幸之助氏が入社面接した若い青年に質問します。
松下氏「君、人間というものは弱い生き物か、強い生き物か」
青年 「人間というものは本来弱い生き物だと思います。だから人を愛し、
宗教を信ずるものだと思います」
松下氏「君、それは違う。人間は本来強い生き物だ。この宇宙にはリズムが存在し
そのリズムをつかんだ者だけが強く生きられるのである。」
青年 「そのリズムをつかむ方法を教えてください。」
松下氏 「それは簡単だよ、人の話を素直に聞くことだよ。」
「だから、私の話を素直に聞いてくださいね」・・・と笑い(若干)をつかんで始まりました。
2006-5に雑誌”致知”掲載された”節を越える”の記事を引用して
本題に入っていきます。
人は皆、その人生行路で様々な節に出会う。
それらの節を一つ一つ乗り越え、人はたくましさを加え成長していく。
節を乗り越えられずに道半ばで倒れ、命を全うできない人も少なくない。
天の命を性という。
植物性や動物性は天に直結しているが、
人間性というものは学習して学んで訓練しないと発揮されない。
人間には、男性と女性、父性と母性がある。
子供が生まれたからといってこの父性や母性が発揮されるわけではない。
昨年の3月のまだ寒い時期にある新聞のベタ記事が目にとまった。
その記事によると、小学生の男の子が埼玉県のある養護施設の前で
うずくまっていた。その子の両親は離婚し、医者である父親が引き取ったが
子供の足の裏には30数か所の針で刺された跡が残っていた。
言うこと聞かないからという、その父親の子供に対するせっかんだったのだ・・・。
この父親は医者であるから当然知識を持っているが、
父性を身につける学習をしなかったために子供に起きた不幸話である。
また、個性という性もある。その個性も学習して訓練をしなければ発揮できない。
その一つは、教えである。どういう教えにあるかが大事なのである。
こんな逸話があった。
カンボジアで7歳くらいの少女が行方不明になった。
何年か後にはジャングルで発見されたが、四つんばで歩き獣のような生き方をして
いる人間に変わり果てていたという。
人間というのは、人の間に育って教えを受けないといけない。
また、教えだけではなく色んな節目に出会ってどのように乗り越えるのかで
個性が発揮できるかどうかの分岐点が生じてくるので、
節は人間の個性を発揮するために欠かせない要素といえる。
かの有名なベート―ベンは25歳で耳が聞こえなくなったが、
蓄音器が置かれている板を歯でカジリその振動で音を感じて勉強していたという。
耳が聞こえなくなり、人生に絶望を感じた時に
「勇気をだせ。たとえ肉体にいかなる欠点があろうとも、
わが魂は、これに打ち勝たなければならない。25歳、そうだもう25歳
になったのだ。今年こそ、男一匹、ほんものになる覚悟をせねばならない」
と自らを鼓舞して全生命を音楽に捧げて節目を乗り越えていくのである。
藤尾氏が仕事に一番苦しんでいた頃、経営の神様といわれる
松下幸之助氏の次のことばに救われる。
「困難に直面し、身を切られるような思いに悩みつつ、勇気を鼓舞してやってきた。
崩れそうになる自分を叱りつつ、必死で頑張るうちに知覚才覚というものが
必ず浮かんできた。」
これを読んで、偉大な人でも困難に直面したとき自らを奮い立たせているのを知り、
自分の直面していることが大したことがないと悟った。
雑誌 致知 を創刊して30年になるが一つの法則を発見した。
その法則とは成功する人と成功しない人の違いは何かということである。
成功する人は、自分に与えられた縁、環境、仕事に対して徹底して
価値を見出そうとしている人である。そういう力が人の何倍も何十倍もある人が
成功している人である。見出した価値はどんな抵抗にあろうと反対にあっても
徹底して信じ抜いている人である。成功しない人というのは与えられた縁、人間関係
仕事、環境に対して満足せず、もっといい仕事、環境、縁はないかと求め、キョロキョロ
して人生を終えてしまう人である。自分に起こったすべての事象を必然として捉えて
価値を見出そうとするから成功し、偶然と思って価値を見出そうとしない人の差が
決めてである。
京セラの稲盛和夫氏が京セラを創ったのは27歳の時であった。
その当時、セラミックの研究はコンクリートの粉じんを吸いながらの
過酷な環境であった。そこで働く人たちはいい加減こんな過酷な仕事はもう嫌だと
当時10人規模の会社の経営者であった稲盛氏に訴えた。
ところが氏曰く「我々がやっているセラミックの研究は世界の最先端の研究で、
世界中で誰もやっていないことだからみんな力を合わせて頑張っていこうではないか」
と激励して続け、今では40年走り続けるDNAを持つ会社に生まれ変わっていく。
当時の稲盛氏は3Kの職場環境で手探りな状態であったセラミックに可能性(価値)を
見出し、信じて追及する力が人よりも何十倍、何百倍と強い人だったから成功したと
言える代表的な1人である。
この記事へのトラックバックURL
http://toyotarinri.boo-log.com/t21019
この記事へのコメント
「与えられた環境に価値を見出す。」 すっきりしました。 結局それしか成功する方法はないと思います。ありがとうございます。
Posted by とし at 2008年07月16日 19:34


