2008年07月09日
出会いの人間学 ~中~
あらゆる組織でNo.1とNo.2との呼吸があっていないと絶対
うまくいかない法則がある。
No.1の経営者は自分に合う
No.2を選ばなければうまく
いかない。
No.2に選ばれた人はどんなことがあってもNo.1にピタッとくっついていかなければ
ならない。
今から20数年前、トヨタ自動車と肩を並べていた財閥系の日産自動車は会長と
社長が労働組合を巻き込んだ派閥闘争を行っていた。
その後の経緯は承知のとおりで今では日本の会社ではなくなっている。
中小企業の90%以上の会社はこのNo.1とNo.2がうまくいっていない。
だからこそ、この節を乗り越えていってほしい。
家庭においても夫(No.1)と妻(No.2)の仲の良し悪しが子供の成長に表れている。
将棋連盟会長の米永邦雄名人が45歳前後、負けてばかりいてなぜかと原因を
探ってみたいと思う。
若手の伸び盛りの家庭を訪問してわかったのは、奥さんが夫を尊敬している家庭を
持つ将棋指しは成長していて、尊敬していない家庭を持つ者は成長が止まっている
ということだった。これも法則といえる。
氏は、2年前にある高校生から受け取ったメールを読んでいたく感動し、人間にとって
必要な人格形成について致知の活動が間違いないことを確信したこと例をあげます。
小学生のころから雑誌の存在を知り、高校生になって本格的に愛読し、自分の人生
のバイブルとして心の支えとしているという読者に対して、人間は如何に生きるべき
か、生きる目的を常に考えて育っているからこそ致知を読むようになる。
人格とは自分の内的言語で決まってくる。言葉が貧弱な人は人格も貧弱であり、
言葉が豊富な人は人格も豊富である。
最近の若者は超ムカつくで切れてしまうが、言葉が豊富な若者は超ムカつく人ほど
自分の魂を揺さぶる出会いであると致知に書いてあったからもう少しこの人に付き
合って見ようと考えるようになるのである。
なぜ、この少年のメールがこんなにうれしかったかというと
服部料理専門学校の服部先生との対談時に全世界に中学生に”あなたは学校の先生
を尊敬していますか”というアンケートの話になった。
このアンケートによると中国が80・3%、アメリカが82.2%、韓国は84.9%・・・。
日本は20位で21%という結果になり、19位の70%からかなりかけ離れた結果に
愕然としたことが理由だったからである。
今の日本は人を尊敬する習慣がなくなっている。
尊敬するという心がなくなっていくと人は成長しなくなる。
尊敬する人がいるということで向上心が生まれ成長するのである。
このままでは本当に日本は駄目になってしまう。
ある名門大学に人間学の講義を頼まれた時、学生たちは
どんちゃん騒ぎをしていた。
しかし、講義が終わった後、レポートの提出を求めたところ
素晴らしい内容だった。今の時代の若者たちも吉田松陰に学んだ
若者達もいつの時代も人間が持っている資質は同じなんだと、
情報が異なっていて人間学を学んでいないことが一番の理由
なんだと実感した。人間の特性を学ぶことが人間学であり、
人間学を学ぶ風潮を根つかせ無い限り日本が発展することは
ないと思っている。
富山県のある中学2年生の教師が致知を生徒に読ませ感想文を
書かせて編集部に手紙をよこした。「現代の若者たちは感動しないと
いうのは嘘だ。私の生徒は致知を読んで感動している。この子供たちに
読ませる本を創ってほしい」というリクエストから”現代人の伝記”という
書籍を出版した。
その中で向野幾代さんとの対談がある。
向野さんの養護学校 教諭時代に出会った脳性マヒの山田康文くんが
つくった詩がある。何も表現できず、ただあ行~ん、までを言って該当する
文字だったらウインクし、違ったら舌を出すという気の遠くなるような作業を
して2人で創った詩を紹介する。
最初やっちゃんの詩は次の内容だった。
”ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら”
詩の前半が出来た時、この詩をお母さんに見せたところお母さんから「私の息子よ」
という詩が翌日に届けられた。
”わたしの息子よ ゆるしてね
わたしのむすこよ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ
お前が 脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱいいっぱい 泣きました
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
重くはない と聞いている
あなたの心がせつなくて
私の息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ
あなたのすがたを見守って
お母さんは生きていく
悲しいまでの がんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で 生きている
脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり”
この詩を受けたやっちゃんは、後半の詩づくりに挑んでいく。
やっちゃんが言う「ごめんなさいね」は、お母さんへのいたわり
と思いやりがあふれている。
”ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり”
この詩が完成してわずか2ヶ月後にやっちゃんは風邪をこじらせ亡くなるのである。
十代の子供たちはこういう必死で生きている人に目覚めていくものである。
こういう内容に開花するように神様は人間を創っている。
どうか大人の皆さんは子供たちに尊敬する人を持たせて同時に人生を真剣に
生きている人達に根ざしていくように導いていく、それが我々大人の勤めなの
ではないかと思っている。
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