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<title>豊田市倫理法人会のブログ「今日一日朗らかに安らかに、喜んで進んで働きます。」</title>
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<description>「このまちで、みなさんのお役に立とう！」そんな経営者さんとスタッフの方たちが、自分の心を磨く勉強会、豊田市倫理法人会の明朗・愛和・喜働の日々。</description>
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<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 16:22:39 +0900</pubDate>
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<title>村山事務長、浜松南で講演</title>
<description>10月に、村山事務長（豊田市南倫理法人会 会長）が浜松市南準倫理法人会モーニングセミナーで講演されました。（村山事務長＝愛東運輸株式会社　代表取締役社長）普段、事務長として、てきぱきと業務を行う姿が印象的な村山事務長。新たに立ち上げる豊田市南倫理法人会の会長に決まりました。村山会長の歩んできた道や思いを知る機会を得られたことに感謝し、ご報告させていただきます。以下、村山会長の言葉から・・・-------------------------------------------------------------------------------------------------私は、昭和23年、ベビーブームの頃に生まれた団塊世代。戦争から立ち上がろうと国民ががんばっている頃で、四男二女の5番目、次女として生まれた私は、大した期待もされずただもう生きてくれればという両親の願いのもと、大切に育てられました。父は、戦前 満州でたくさんの土地を所有して、事業拡大もするやり手でした。戦後も数々の事業に挑戦し続けた人でした。でも母は、戦争を体験したことで「身に付いたものしか残らない」という信条を持っていました。そのため、私にお稽古事をたくさんさせていました。10本の指で数え切れないくらいのお稽古事をしていました。また、私を大学へ行かせるのが母のたっての願いでした。しかし、大学出の女子が就職するのが困難な時代でした。そうしたところ、運輸会社の経理部に入ることになり、電算部をつくるから、プログラムを書く人がほしいという話があり、。プログラムを書く勉強をして、楽しく働きました。しばらくして、親の希望でお見合いすることになり、なんと2ヶ月間で7回もお見合いしました。7回目に会ったのが主人でした。出会ったその日に、「僕は重い病気で・・・」という話をされ、病気で断るのが申し訳なく、他に断る理由もなく・・・そういうわけでお付き合いすることになりました。主人は、ほんとうに律儀できちんとした人で、毎晩8時に、1分の狂いもなく電話してくるような人でした。その後結婚し、すぐに娘が生まれ、二人目の娘も生まれました。子育てしている頃に、主人の身体はだんだん悪くなり、まず右半身麻痺になりました。頚椎腫瘍で、手術によっても全部取りきることはできませんでした。退院してからも病気は徐々に進行していきました。義父が運送会社を経営していて、会社のタンクローリーが、灯油にガソリンを混ぜて販売していることが発覚し、もう一度やったら後がない状態になりました。そうして家業は傾いていきました。経理をしていた私は、経営状態がみるみるまずい状態になっていくのがはっきりわかりました。いくら お義父さんに財産があっても、もう支えきれない、もう資金がなくなってしまうことが予測できました。私は、なんとかしたいと思いました。うちは、お客様にも従業員にも恵まれている、従業員には、うちにきてよかったと思える会社にしたい、なにがあっても立て直す、やらせていただく、と心に決め仕事していました。自分がそう覚悟を決めて動き出すと、不思議なことに、仕事がほしいと思うと仕事が入り、人がほしいと思うと人が入るようになりました。一方で、主人の病気は進行の一途をたどり、口から下がまったく動かなくなりました。それでも誠実さを失わず、わがままを言わず、すばらしい主人でした。むしろ、私の方がわがままだったと思います。主人のおかげで、いい女房を務めることができました。仕事にかかわって2年後、結婚記念日に、主人が息をひきとりました。子どもたちは、泣き叫んでいました。でも、私は「もういい・・・長い闘病生活、ほんとうにご苦労様」とねぎらい見送りたい気持ちでした。その後私は、どんどん仕事に入っていきました。常務になり、会社をきりもりするようになりました。義父もかなり年を重ね80才を過ぎ、さすがに代替わりをということになりました。妹の婿が社長になりました。自分が会社をきりもりしているという気持ちでいたので、寂しい気持ちはありましたが、倫理の実践で自分が変わろうと努めました。その頃の私に、倫理は必要必然で、ほんとうに必要なときに、出会うべくして出会ったんだなあと今ふりかえって思います。自分に起きたことはみんないいこと、自分に必要なこと・・・倫理でそう学んで、自分もそう思えるようになり、義父母に対する思いも変わりました。自分ではなく妹の婿を社長にしたことを寂しく思うのではなく、これだけ任されていることに感謝できるようになりました。そして、その後社長になりました。自分は倫理を学んでいても、それを会社に落とし込んでいくことはなかなか難しいことでした。たとえば、朝礼でも、運送業で朝そろわない勤務体制のため、なかなかできずにいました。でも、私が学ぶにつれ、まずはやろう、と思いました。そのときいる人だけでも集まって始めたらいいと考え、始めました。今では朝礼は当社にとって大切な時間になっています。そして、次に清掃に取り組みました。お掃除の会に参加させていただき、掃除をすることで心が磨かれるそのすばらしさを理解できたものの、これをどう会社に落とし込んでいけばいいのだろうと思案しました。そして生まれたのが、「車ピカピカ大作戦」です。思い切って洗車機を購入し、トラックなど車が常にきれいな状態にしようと呼びかけました。洗車機も従業員の間で非常に好評で、「愛東さんの車っていつもキレイだね」と言っていただけるようになりました。そして、ガソリンの値段が高騰しているここ1年ですが、そんな中で、先日の9月決算では前年対比8%売上が増えました。愛東運輸は、2020年に、年商20億円を目指してがんばっています。自分が社長を勤めさせていただくのは、主人ができなかったことを、主人が私の身を借り、実現しているんだと思います。常務の頃に、自分が社長ならといろいろ考えましたが、実際社長になると、責任の重さ大きさは想像以上です。社長になってからも、経理・交渉など責任ある実務はすべて自分でやっていました。ほんとうにめいっぱいがんばっていました。でも、経営革新をしていらっしゃる診断士の先生方から「それはまずいよ」と教えられました。そして、息子に任せようと決心し、「任せるわ」と言ったとたんに、いい意味でとても楽になりました。でも、楽になったら今度は倫理の会長の話があって（笑）・・・。会長職は、普及活動がなければ最高なのに、なんて思っていました。でも、副会長を引き受けてくださった高濱さんに、早速「会長」「会長」と呼ばれ、「もう会長なんだー・・・」と戸惑う一方で、会長としての意識を持つことができました。また、同じく副会長を引き受けて下さった三浦さん、下村さん、という若い2人も私を支え、「会長、やりましょう」と言ってくれて本当に心強いです。浜松市倫理法人会前会長の、戸塚さんに、「役職は、お世話役です。会長は誰よりもお世話役なんです」ということを言われ、確かにそうだなと・・・そういうことなんだなと自覚するようになりました。これからも、皆様に支えられながらも、お世話役としてがんばっていきます。-------------------------------------------------------------------------------------------------豊田からの応援部隊！と、浜松南の会長と、みんなで記念撮影しました。決して平坦ではない人生の道のり、そしてそれを乗り越えて笑顔を絶やさない村山会長のお話、みんなで感動して帰ってきました。ありがとうございました。投稿者：ルーコ　井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Fri, 14 Nov 2008 10:25:32 +0900</pubDate>

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<title>山中敦子会長が半田で講演されました【第3話】最終回</title>
<description>先日、投稿しました山中敦子会長（スーパーやまのぶ 取締役専務）の半田倫理法人会での講演、第2話。今日は、その続き、第3話：最終回を投稿させていただきます。----------------------------------------------------------------------------------------「150社で設立」と愛知県倫理法人会の日比野会長に言ってしまっていました。平成17年に、72社で準倫理法人会を開設、平成18年に150社で正式に倫理法人会として設立すると宣言したのです。増えてはいきましたが、12月、1月でぱたっと入会社数が止まってしまいました。年末でどこの会社もいそがしく、年明けね、と言われる。目標期限の8月がどんどん迫ってきました。7月で、121社でした。みんながやってくれればと、何度も思いました。そして、そこまでしなくても、という声もあって、気持ちが揺らいだこともありました。でも、150という数字は、自分が言ったこと。達成できなかったら、「女がやれっこないんだよ」とあちこちで言われそうで、「女がやれっこない」という文字が一生背中にプリントされる気がしました。そう思うとやらずにはいられませんでした。残り1ヶ月で30社入れないと150社にならない状況でしたが、やらずにはいられない、やってみなきゃわからない、これまで「やれなかったらどうしよう」と心のどこかで思っていた、それがいけないんだと吹っ切れました。「やれなかったらどうしよう」と思い悩むエネルギーを普及に使ったらどれだけいいだろうと思うようになり、1社1社トライしていきました。それまでは、“やまのぶの奥さん”という体裁がありました。もう、恥も外聞もない状態。そして、残り1ヶ月で30社普及に成功しました。150社の壁がなければ、また、会長でなかったら、得られない体験をさせていただきました。みんなが「会長」「会長」と呼んでくれる、その一声一声に励まされ歩んできました。倫理法人会は、100社ないと運営していけません。100社あればいいということではないんですね。だから、150社あれば、50社退会しても、100社残るという考え方で、目標を150社にしました。また、150社達成したあとも、退会対策を考えました。その中のひとつに、倫理経営塾があります。倫理経営塾は、主に社長の子どもでこれから会社を継いでいく人を対象にしました。つまり、子どもを人質にとろうというわけです。親子の関係で事業継承する場合、親父を省いて会社だけ受けようとするケースが多いのですが、それではダメで、親を受けて初めて会社を受けられるのです。そういう倫理を子どもさんたちに教えようという塾です。子どもが倫理経営塾という倫理に行っていると、会社としても退会はしない。倫理経営塾で学んでいる人のひとりに小林副会長がいます。小林さんは、当初、私からお願いして、名前だけ貸してということで入会してもらいました。でも、今では、豊田市倫理法人会を引っ張っていくリーダーシップを発揮してくれています。3月に、豊田市倫理法人会を3つに分けることになりましたが、それに関して、いずれは5つに分けて豊田に倫理を根付かせようと言っています。自分からどんどん改革をして、豊田市倫理法人会にとってとても心強い存在になりました。会長職に就かなかったら、出会えなかった縁がたくさんあります。経験できなかったことがたくさんあります。会長をさせていただいて、ほんとうによかったと思います。----------------------------------------------------------------------------------------投稿者：ルーコ　井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sun, 26 Oct 2008 22:13:57 +0900</pubDate>

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<title>山中敦子会長が半田で講演されました【第2話】</title>
<description>先日、投稿しました山中敦子会長（スーパーやまのぶ 取締役専務）の半田倫理法人会での講演。今日は、その続きを投稿させていただきます。----------------------------------------------------------------------------------------結婚したときの話に戻りますが…当初は、義父の創業者精神が非常に強く、有無を言わせないものがありました。嫁は金庫番だけしていればいいから、と言われ、結婚しました。ところが、結婚3日目の晩に義父・義母に呼ばれ、「ここに座りなさい」と板の間に座らされ、突然言われたのです。「勲（夫）は人がいいからダメだ。だから、あんたがしっかりしないといけない」それは、金庫番ではなく、やまのぶで猛烈に働き、やまのぶをきりもりしていくことを意味していました。次の日から、想像を絶する嫁教育が始まりました。主人はとても温厚でいい人でした。義父は、そんな息子の、強く生きない部分を嫌っていました。怖いほどのバトルが頻繁に繰り返され、主人は、「もううちを出よう！二人でやれば何だってできる！」といつも叫んでいました。私はいつも義父と主人の板ばさみでした。バトルすると、呼ばれて、なんとかせよと言われるのは私でした。義父にハイ、といわないと収まっていかない。親子の関係で会社を受けるということは、まず親を受けるということです。先祖を受けるということです。でも、私は若くて無知で、そういったことを知る由もなく、とにかくハイというしかありませんでした。何も世間を知らずに嫁になったので、比べる世界を知りませんでした。でもだからこそ、素直に親の言うことをきくことができたんだと今になって思います。一方で、やまのぶの実務を一生懸命やっていました。昔は、卵のパック詰めなどを、みんなで手作業していました。私は、手が遅く、義母がわざわざ 流れ作業中の私の横に来て、いつも以上のスピードでこなして私に送ってくるんです。どんどん送られてきて、私はもう必死でした。義母がまだ子育て時代のときの話を聞いたことがあります。義父が行商に行っている間に、お客様も来ないので、子どもにと思って編み物をしていたら、それをたまたま義父が見て「お客様が来たらどうするんだ！」と言って編んだものを全部ほどいてしまった、という話でした。それほど商売に徹底した創業者だったのです。私が子どもを産んだら、仕事するのに子どもは邪魔だと言って子守さんを頼んで、私が朝から晩まで働ける体制にしました。今でこそ、孫やひ孫はかわいいだろうと思いますが、当時は非常に厳しく、徹底していました。義母は、「あんたの苦労を見ているとかわいそうで、泣けてしょうがない」と言いました。私は、「かわいそうだと言うのはやめて下さい。夢が水の泡になったときにかわいそうなのであって、夢に向かってがんばっているときは、それは苦労ではなく努力なんです」と言いました。そうやって、結婚、入社以来、ハイというしかない、有無を言わない20年が過ぎました。子どもたちはそれぞれ巣立って、自分は40才になり、40才になったときに、ふと思いました。ああ、私には仕事があって本当によかったと。子育てだけで終わらずに、よかったと思いました。同年代の女性の多くは、毎日の家事の他は、楽しくお茶を飲んで過ごしているけれど、私が仕事をさせてもらった20年、その20年で身についたものは計り知れません。何が何でもやらねばならないという環境、有無を言わせない環境、言えない自分、そういうトンネルが人生には必ずある、自分の将来に向けてくぐりぬけて！と社員には言っています。社員が困難にあっているとき、経験したからこそ言える自分がいます。「これをするとどうなるんですか？」ではなく、有無を言わず「ハイ」と社員たちが動くようになって、売上がどっと上がりました。また、経験則だけでなく、倫理を会社の中に入れていきました。私は、社員のみんなに関して、この子たちの親になろうと思うのです。この子たちは自分が育てようと。そして、やまのぶでの長い日々でいろんなことを身に付けさせてもらって、今の自分がいて、世の中へお返しするために会長職をさせていただこう、という気持ちでやってまいりました。私は、会社の中では専務です。徹底的にやりたいA型人間ですが、専務という立場では社長がトップにいる以上、徹底することができないことがあります。まあ、妻の権利でいろいろやっちゃいましたけど（笑）。徹底的にやるにはやはりトップになることです。そういう意味でも、会長職をやらせていただきたかった。自分の色に染め、自分の考え方で運営していくことができるからです。倫理の普及（倫理法人会の会員を増やすこと）では、ほんとうにたくさんの学びがありました。「150社で設立」と愛知県倫理法人会の日比野会長に言ってしまっていました。平成17年に、72社で準倫理法人会を開設、平成18年に150社で正式に倫理法人会として設立すると宣言したのです。増えてはいきましたが、12月、1月でぱたっと入会社数が止まってしまいました。年末でどこの会社もいそがしく、年明けね、と言われる。目標期限の8月がどんどん迫ってきました。7月で、121社でした。みんながやってくれればと、何度も思いました。そして、そこまでしなくても、という声もあって、気持ちが揺らいだこともありました。でも、150という数字は、自分が言ったこと。達成できなかったら、「女がやれっこないんだよ」とあちこちで言われそうで、「女がやれっこない」という文字が一生背中にプリントされる気がしました。そう思うとやらずにはいられませんでした。残り1ヶ月で30社入れないと150社にならない状況で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・----------------------------------------------------------------------------------------第3話に続く・・・！投稿者：ルーコ　井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 18 Oct 2008 21:30:13 +0900</pubDate>

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<title>山中敦子会長が半田で講演されました。</title>
<description>先日、10月11日（土）、半田倫理法人会の経営者モーニングセミナーにおいて、山中敦子会長（スーパーやまのぶ 取締役専務）が、講演されました。山中会長が生きてきた40年に及ぶ「やまのぶの山中敦子」。それ以外にもう一人の山中敦子になることができた（※本人の言葉より）『感謝の倫理会長職』をテーマに、聴く人に驚きと感動を与える講演をされました。以下、山中会長のお話です。------------------------------------------------------------------------------------8月までの任期で、丸4年半会長を務めました。仕事のかたわらのはずが、なぜこんなにやらねばならないのかと思ったこともありました。でも、みなさんに「会長」「会長」と呼ばれるうにち、もう、逃げ隠れもできない状況になり自分を追い込んで勉強させていただきました。結婚と同時にやまのぶに入社し、40年間会社の中しか知らなかった自分にとって、世間と自分の間に窓口を開くきっかけとなった会長職。務めさせていただいたことに感謝しています。「やまのぶの山中敦子」以外にもう一人の山中敦子が誕生したと思います。役職につかないと真に倫理を学ぶことはできません。役職につくのはタダ。タダで勉強できます。何でも自分からハイと言って率先してやることが大切です。まず自分が学び、自分を通して社員に伝えていきました。私は、9人兄弟の1人娘として生まれました。父は娘をかわいがることが自分の道楽だと言っていました。そのような環境で、何不自由なくわがままに育ちましたが、19才で主人と見合い結婚し、やまのぶに入社し、倫理に出会い、今の自分がいます。親に望まれて見合いしたそのときは、すぐに結婚するとは思いませんでしたが幼い頃から、親が決めた人と結婚するんだろうなという漠然とした意識はありました。そんな中、主人の母が好条件を見逃すまいとしていました。商売家はどう？ たくさん家族がいるのはどう？…そんなようなことを聞かれ、同じく商売家でたくさんの兄弟、家族のもとで育った私は「大丈夫です」と。そして、「女は一度壊れてお嫁にもらってもらうのが幸せなんだよ」と言われ、そうですね、ということで19才で結婚しました。好条件と言えば、あまりにも世間を知らず、何にも染まっていないことも、相手の家にとってはよかったんですね。主人の両親は、碧南出身で、昭和9年に豊田に出てきて裸一貫 山信商店(現在のやまのぶ)を立ち上げました。朝は碧南まで自転車で野菜のクズを取りに行き、豊田でそれを売り、夕方には足助の方まで行商に行っていたそうです。そうして、昭和59年に、主人と私が会社を譲り受けました。倫理との出会いは、まず、「職場の教養」を手にしたことからでした。社員に「職場の教養」を渡して下さった方がいて、その1冊が出会いでした。朝礼がマンネリ化していたので、早速取り入れようと思いました。その頃の倫理法人会は今のように全国に広まってはいなくて、東京の本部に電話して「職場の教養」を取り寄せました。その後、新入社員を富士高原研修所にと思いましたが、まずは経営陣が学ばないと、ということで、富士研へいきました。トイレを素手で洗いました。朝早く起きて行動することが一番であると教えられました。衝撃の体験でした。倫理に出会って20年たちましたが、やまのぶが、すばらしいピカピカの会社になったかというと、そうでもありません。ただ、劇的な結果が出ないからといってやめてしまえば確実にレベルが下がります。下がらずに徐々に上がっていくのです。結婚したときの話に戻りますが…当初は、義父の創業者精神が非常に強く、有無を言わせないものがありました。嫁は金庫番だけしていればいいから、と言われ、結婚しました。ところが、結婚3日目の晩に義父・義母に呼ばれ、「ここに座りなさい」と板の間に座らされ、突然言われたのです。・・・・・・・・・・・・・次回に続く・・・・･･････・・・・・・・・・・・・・・・・長くなりますので、でも、お話の内容を削ってはもったいないと思いますので、日に分けて投稿させていただきます！次回もご期待下さい。投稿者：ルーコ　井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Tue, 14 Oct 2008 20:53:21 +0900</pubDate>

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<title>山中会長が半田で講演されます。</title>
<description>10月11日（土）半田倫理法人会モーニングセミナーで、山中敦子 会長（スーパーやまのぶ　取締役専務）がご講演されます。日時　10月11日（土）　朝6:30～7:30場所　セントラルビル5F　　　　愛知県半田市宮本町3-217-21　TEL.0569-32-5560テーマ　「感謝の倫理会長職」ご都合のよい方はぜひ聴講に投稿者  ルーコ井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Thu, 09 Oct 2008 17:15:17 +0900</pubDate>

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<title>杉浦鈴代 副会長の講演を聴いてきました。</title>
<description>先日、浜松市中央倫理法人会モーニングセミナーで杉浦鈴代 副会長（株式会社ノーブル　取締役副社長）が講演され、拝聴してきました。10月3日　AM.6:00〜7:00　ホテルコンコルド浜松で行われました。以下、杉浦鈴代 副会長の言葉です。---------------------------------------------------------------------------------------------東京のガラス工場の長女として生まれました。2代目でゆとりもありとてもおしゃれだった父。母は、地域の活動などにとても活発な人で、「これからの時代、女の人は手に職」と教えられ育ちました。そして、建築デザインの世界に憧れ、武蔵野美術大学建築科で学びました。その頃、主人と出会い、意気投合して、卒業後すぐに結婚。私は設計事務所に勤めましたが子どもが2人生まれ、会社勤めはできませんでしたが設計の仕事がしたくて、コンペに出品したりして過ごしていました。主人は設計の研究の方に進んでいて、夫婦で収入が得られるようになるには時間がかかりました。主人の母や私の実家に支えられて子どもたちも育っていきました。何年かたち、義母が、自分の経営する美容院（ノーブル）を手伝ってほしいと私に言いました。義母の美容院を手伝うということは、生活を東京から豊田へ移すことになるのですが、生活面で義母にはとてもお世話になっていましたし、主人が200年以上続く旧家の跡継ぎということがあり、私たち一家は、豊田へ引っ越しました。子育てしながら通信教育で美容師免許を取得。義母は、美容師の枠を超え、花嫁さんのお支度、着付けもやっていました。私も勉強したいと思い、夏休みを利用して、子どもを連れ、東京へ勉強に行きました。こうして、美容院経営の道に入りました。しばらくたって、義母の右腕となっていた男性が独立。義父も病気になり、そういったことをきっかけに、私は義母から経営を任されるようになりました。昭和62年のこと、豊田にデパートのそごうができて、その中に出店することになったのですが、そのときそごうの方に言われたことは、「いなかの美容院では困る」ということ。東京では、海外ブランドの美容室と提携する美容室が増えてきていました。豊田にまだない美容室をつくるため、ノーブルも海外ブランドと提携していこうと考えました。ニューヨークやロサンゼルスへ行き、様々なことを学び、様々な出会いがありました。ビバリーヒルズオッジィという頭髪化粧品会社の日本での出店をさせていただくことになり、ビバリーヒルズオッジィ・テクニカルサロンという名前をいただいて、そごうにオープンしました。20年前。40才の頃でした。そうして、ノーブルの経営を引き継いで3年経つ頃には売上はそれ以前の倍になっていました。私はとても忙しくしていて、主人は主人で、設計の仕事と青年会議所活動などで忙しく、すれ違いの毎日でした。そして、私には「杉浦の家は私が支えている」という自負があり、夫婦仲は危機的な状況になっていきました。あとで知ったのですが・・・その頃東京の美容室で働いていた長男が主人に手紙を書いて送っていました。「お母さんには、お父さんがいないとダメだから。お母さんのそばにいてあげてほしい」と書いてありました。いい息子たちだったなと思います。その後、長男は、東京で働いていた美容室の先輩と結婚し、豊田に戻ってきて、ノーブルに入社しました。お嫁さんも、ノーブルで働くようになりましたが、すごくできる美容師で、他のスタッフにすごくいい影響を与えてくれました。うまくいっているかのように日々は過ぎていきましたが、これから会社を継いでいく長男が、ことあるごとに、経営に関して私に反発してくるようになり、こちらも言い返し、また反発され、ということを繰り返していました。毎日毎日悩んでいました。倫理に出会ったのはそんな頃でした。豊田市倫理法人会創設者の山中敦子さんは以前からの友人で、倫理というものを勉強していることは知っていましたが、あるとき、豊田市に会を立ち上げるから、ぜひ一緒に、といわれ、豊田市倫理法人会の立ち上げメンバーになりました。山中敦子さんの弟さんが声をかけられた1番目で、私は2番目でした。倫理法人会がどんな会なのかもほとんどわからない状態で、自分以外には山中敦子さんと弟さんだけの状態で、でも、山中敦子さんの、物事スパッと言い切れる強さに接し、自分も倫理活動をがんばるようになりました。ただ・・・ほんとうに、暗中模索状態。富士高原研修所という、倫理を学ぶ全国の人が集まるところで、初めて「万人幸福の栞」を購入しましたし、帰ってきてはじめて、モーニングセミナーがどういうものか知りました。富士研では、たくさんのことを学び、私には衝撃的でした。富士研で学び、倫理活動をするようになって、主人のいいところを想うようになりました。いいところを100見つけて書く、という実践を行っています。やり始めで早速・・・いいところが見つからない（笑）。それでも考えてみると、ちょっとしたことならあるんです。主人は、メールを打ったらすぐ返信してくれる。他愛もないことかもしれないけど、これっていいとこだよね、と思って、スタートできました。ただ、やっぱり100って難しいですね（笑）。何ヶ月もかかって、やっと今65。ここからが難しい。足踏みしています（笑）。いいところを見つけて書くようになってから、主人も優しくなって、驚いています。長男に関しても、反発してくること、頭ごなしに怒ってくるのを私の方もやり返していたんですが、自分の聞き方、接し方が悪かったんだと今では思います。倫理に出会っていなかったら、主人とも息子とも、きっと、ずーっと大変なことになっていました。正しさよりも、明るさをメインに、歩んでいきたいです。先日、浜松市中央倫理法人会の大石さんが豊田市倫理法人会に講演に来て下さいましたが、大石さんは、まだ30才くらい。一方、私が倫理に出会った頃には、50才を過ぎていました。若いうちに倫理に出会えた人は、ほんとうに幸運だなあと思いますが、倫理って、不思議とその人に必要なときに出会うんですよね。倫理に限らず、出会いはすべてかもしれません。だから、私には、50才を過ぎた頃に必要だった、だから50過ぎで出会えたんだと思います。私は倫理に出会えてほんとうによかったと思っています。出会えた人は、きっといいことがある・・・それが倫理ですね。---------------------------------------------------------------------------------------------そのひとに必要なときに必要なことが訪れる・・・そう思うと、すべてに感謝です。。。貴重なお話をありがとうございました。ご講演のあとに、浜松の皆さんとお話される杉浦 副会長です。浜松市中央倫理法人会の前会長 戸塚さんから、杉浦副会長へお花のプレゼントもありました。一緒に記念撮影させてもらいましたありがとうございました。投稿者：ルーコ　井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2008 12:42:26 +0900</pubDate>

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<title>明日は、杉浦鈴代さんの講演</title>
<description>先日（9月24日）の浜松市中央倫理法人会の大石さんご講演モーニングセミナーでご紹介がありましたが、明日10月3日（金）　浜松市中央倫理法人会モーニングセミナーで杉浦鈴代 副会長（株式会社ノーブル 取締役副社長）がご講演されます。日時　10月3日（金）　朝6時～7時場所　ホテルコンコルド浜松　　　　　浜松市中区元城町109-18　TEL.053-457-1111テーマ　倫理と出会ってご都合のよい方はぜひ聴講に</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Thu, 02 Oct 2008 17:43:48 +0900</pubDate>

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<title>半田倫理法人会で体験談</title>
<description>今朝、半田倫理法人会モーニングセミナーで体験談をお話しさせていただきました。半田倫理法人会といえば、豊田市倫理法人会から、コバック小林社長やノエビア豊田販売会社 高濱社長などが講演され、自分も聴講に行ったことのある会です。(10月11日（土）には、山中敦子会長が講演されるそうです)※コバック小林社長の半田講演はこちら※ノエビア豊田販社 高濱社長の半田講演はこちら活気ある役員朝礼も拝見させていただき、その場で自分がお話することが恐縮で、緊張しました(いつもですが^_^;)。今回で5回目の体験談発表でしたが、毎回、反省点があり、自分自身が一番勉強させていただいていると感じます。毎回、体験談を発表するための心の準備、資料の準備をするということは、これまでの自分を振り返り反省し、これからを考える時間を持つことになります。倫理法人会で学んで自分の至らなさに気付いて、実践して、スタッフに感謝できる自分がいます。さて…毎回のように応援に来て下さる方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。愛知県倫理法人会の日比野会長(ダイニチ食品 会長)。一部内容を改善しつつではあるものの、毎度同じ内容の話を、毎度頷きながら聴いて下さり、自社商品のおつけものを下さり、心やさしい日比野会長。ありがとうございます。半田倫理法人会の鈴木さん(下の写真左)と、10月に北名古屋倫理法人会を立ち上げる青木さん(下の写真右)。いつも応援して下さり、心強いです。ありがとうございます。そして…今回、びっくりしたのはこのお二人！一人は、私の同い年のいとこ(下の写真右)。ブーログでブログを書いているいとこは、長久手に住み豊田市で働いていますが、この豊田市倫理法人会のブログもいつも見ていて、以前から倫理法人会に興味を持っていて、私が今日、半田で体験談発表することを知り、来てくれました。ありがとうございます。そして、上の写真左の方…浜松市中央倫理法人会 前会長、戸塚さま(ビジネスサポートコーポレーション社長)！豊田市倫理法人会で2年前に月一回、一年間、夜の「倫理経営塾」の講師を務めて下さった方で、その歯に衣着せぬ講義で鍛えて下さいました。私はそのときの聴講生徒で、浜松に呼ばれて体験談発表したのが、体験談の旅の始まりでした。この方にお会いするたびに自分が学びを実践にかえているか、自分に問い、襟を正すのでした。問われるわけではないのに、顔を拝見するだけで自分自身で問わないではいられません(汗)。ありがとうございます。戸塚さんは、24日(来週水曜)の豊田市モーニングセミナーにいらっしゃるそうです。来週は、浜松の大石さんがご講演されるので、応援にいらっしゃるそうです。来週の豊田市倫理法人会モーニングセミナーご案内は、会員のみなさまには既にお送りしていますが、後日こちらのブログにもアップさせていただきます。投稿者：ルーコ井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 20 Sep 2008 12:26:15 +0900</pubDate>

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<title>ノエビア豊田販社　高濱社長、半田で講演</title>
<description>今朝の半田倫理法人会モーニングセミナーで、ノエビア豊田販社　高濱社長の講演がありました。朝礼の実演をするということで、社長とスタッフの方々も一緒にお越しでした。ピンクの、NOEVIRのロゴTシャツに白いズボンと白いベルトという統一ファッションで登場したノエビア豊田販社のみなさま！半田倫理法人会のみなさん「華やかですねー」とおっしゃって、会場は、にぎやかでした。スタッフの方も聴講し、高濱社長の講演が始まりました。活力朝礼を、豊田市倫理法人会で学んだこと、早川副専任幹事に熱心に指導していただいたことに感謝でいっぱい・・・活力朝礼導入で、出社してから仕事への切り替えが非常に明確になったことはもちろんのこと、活力朝礼はチームワークの表現であり、人に沿うということの大切さを、毎朝気づかされる、ということでした。そして・・・・ノエビアチーム、みなさん前へ出て、活力朝礼の実演をされました。何度見ても、感動します。仕事への真摯な姿勢の表れだと思います。すばらしいチームワークです。‘熱血拍手’が沸き起こりました。活力朝礼の実演が終わり、ノエビアチームのみなさんは席につき、セミナー終了まで高濱社長の講演です。以下、高濱社長の言葉をまとめます。●朝礼について・・・「朝礼で、チームワークを体で感じ取っている。具体的に、言葉では表しにくいけれど、みなで、人間として変化している感じ。それが、活力朝礼のすばらしいところ。朝礼の中の、1分間スピーチは、‘日本一の1分間スピーチ’と呼んで、競って発表するということを開始。発言が少し苦手だった事務スタッフが1番をとって、プラス・プラス・プラス志向でがんばる、という内容のすばらしい発表をする姿をみて、非常に感動し、嬉しかった。それから、同時にミーティングも進化させ、みなで‘日本一のミーティング’と呼んで、リーダーがその意味を述べて、連絡事項を競って発表している。そういうことを通して、もっともっとみなが活発に発言する会社にしていきたい。」●創業から現在にいたるまで「子どもが体が弱く、たびたび熱を出して病院にいかなければならないときに、自分には車の免許がなかった。熱がある子を抱いて、バスに揺られる、雨の中タクシーを待つという日々の中、他のお母さんたちは、さ～っと車で出発する。自分の子が、私の子であることで損をしている感じがして、車の免許をとろうと決心した。‘どんくさいから免許はない方がいい’ということで、主人には反対されていたので、自分の力でなんとか免許とらなきゃと思ったときに、ノエビア化粧品のことを思い出した。自分の分を買うだけのために代理店になっていたが、確か・・・販売してお仕事にもできるんだったっけなと思い出し、やってみようと思い、始めた。それが創業。最初に販売したときに、利益が800円。800円得たことが申し訳なくて、悪いことをしているみたいな気持ちで、バチがあたる気がしていてもたってもいられず、どうしよう、どうしよう、と考えた・・・そうだ、お客様にマッサージをしてあげて、お返しをしよう、と思い立った。お客様が、自分のひざ枕でスヤスヤ気持ちよさそうに眠っている顔を見て、それがうれしくてマッサージのサービスを続けた。マッサージが評判になり、お友達を連れてきてくださるお客様がいて、お友達のお顔もマッサージするものの、お客様ではないため、それはそれで何のためにマッサージしているのかわからなくなるし・・・お客様に化粧品を買ってもらうこと＝利益が出るということが申し訳ないという気持ちが拭い去れず、かといって、買ってもらえないと認めてもらってない感じがして寂しく、なぜ自分はこんなに一生懸命やっているのか、意味がわからなくなってしまっていた。そんなときに、幼いわが子が言ったひとことで考え方が大きく変化した。子どもを自分の仕事場に連れてきていたので母親の仕事に関して、子どもはいつも側で感じていたんだと思う。ある日、子どもが「お母さんは化粧品の先生だもんね～」ととても誇らしそうに、うれしそうに、にこーっと笑顔で言った。その一言で、仕事に関するジレンマをきれいさっぱり払拭することができた。自分は、お客様が、女性が、きれいになること・きれいになる方法をお教えする先生なんだ、すばらしいことなんだと思えるようになった。それ以来、売上が急速に伸びた。その急速な上昇が何年も何年も続き、現在のノエビア豊田販社に成長した。」●仕事の意義「女性がきれいになる、ということは、例えば・・・お母さんがきれいになると、まずお母さん自身イキイキする・・・そして家庭が明るくなる・・・子どもも、お母さんがきれいだと嬉しいし、お父さんも奥さんがきれいだと嬉しい・・・単にその人ひとりがきれいになる、という事実に留まらないすばらしい効力がある。養老施設で、おばあちゃんたちのメイクのボランティアをしたことがある。最初は、みなさん躊躇して、いやがっていたが、ひとりがメイクされてきれいになって、その笑顔を見たとたん、みんなメイクさせていただくことになり、次次とおばあちゃんたちをきれいにすることができた。おばあちゃん同士お互いきれいなったことを大変喜んで下さって、それまでになかった笑顔・歓声が沸き起こった。おばあちゃんたちが、みんな元気になった。それだけではなかった・・・それを見たおじいちゃんたちが喜んで、元気になった。私たちの‘女性をきれいにする’という仕事は、女性も男性も元気にする、社会を元気にする仕事なんだと思った。認知症のおばあちゃんのメイクをしたこともある。パフにいたずらするし、よだれは垂れてくるし、大変だったけれど、メイクがはじまると、スッと気取られて・・・シャキッとして・・・それを見たとき、感動で涙があふれて、泣きながらメイクした。女性のすばらしさ、女性をきれいにすることのすばらしさを感じた。豊田市にあって、豊田地域の女性をきれいにすること・・・それは、豊田市に華を咲かせること。絶対に枯らさない、と誓った。豊田市の女性を、みーんなきれいにして、豊田市に このすばらしい仕事をする仲間を増やし、豊田市に貢献してきたい。」胸の前で手を握り、語った高濱社長。心のこもったお話でした。感動しました。高濱社長の純粋さに、みなさん泣き笑い。高濱社長のこころに感動しました。高濱社長講演のあとに、半田市長がごあいさつされました。「ものごとを、何でもプラスプラスに考える高濱社長とノエビア豊田販社のみなさん、すばらしい。非常に元気なところもすばらしい。ノエビア豊田販社さんのような会社があって、豊田が、愛知が、日本が元気になる。貴重なお話をありがとうございました」と語られました。高濱社長はじめノエビア豊田販社のみなさま、ありがとうございました。投稿者：ルーコ井上</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 14 Jun 2008 21:07:20 +0900</pubDate>

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<title>三河倫理法人会で</title>
<description>先日、三河倫理法人会のモーニングセミナーで講演させていただきました。講演といいましても、実際の体験談で、倫理法人会で学んだことを、実践して会社が変わりました・・・という内容です。浜松市中央倫理法人会の戸塚会長にお声かけいただき、浜松で初めてお話して以来、3回目の講演でした。やっと・・・ガチガチの緊張ではなくなってきましたが、まだまだ言葉につまったり、いつの間にか声が小さくなっていたり、講演あとに、自分から数名の方に、どうだったか感想を聞いて次の回に活かしていきます。半田倫理法人会の鈴木さん、豊田市倫理法人会の青木さん、愛知県倫理法人会の日比野会長、お越しくださって、貴重なご感想・ご意見も頂戴し、ありがとうございました。内容の構築、準備、という点でも、少しずつ改善を加えています。・・・と、回を重ねるごとに、会社の中もどんどん変化・改善していまして・・・体験談をしゃべる人、としての愛知県特別講師という講演ツアー、ずっと終わることがない私の修練だなと、思っております。このような機会を与えられたこと、感謝いたします。ところで・・・先日の講演は、ホテルアソシア豊橋で行いました。講演終了直後に、会場がぱぁ～っと明るくなったような・・・ノエビア豊田販社の高濱社長と福島さん、登場でした☆東名高速道路の事故渋滞で、待って待って待って・・・・やっと着いたときには、講演終了後だったのでした。なんだか、こちらが申し訳ない気持ちでいっぱいでした。時間を割いてお越し下さって、ほんとうにありがとうございました。せっかくお越し下さったので、ホテルアソシアのおいしい朝ごはんを一緒に食べました（＾＾さて、その高濱社長が、6月14日（土） AM.6:00～7:00半田倫理法人会で講演されます。会場は、セントラルビル　5F（イベントホール半田）です。愛知県半田市宮本町3丁目217-21みなさん、応援に行きましょう☆投稿者：ルーコ　井上美穂</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 07 Jun 2008 13:21:37 +0900</pubDate>

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<title>名古屋市西倫理法人会でお話しました。</title>
<description>ルーコの井上です。名古屋市西倫理法人会さんからご連絡があり、4月4日金曜日のモーニングセミナーで、倫理法人会で学んだこと、活かしたことの、体験談をお話してきました。以前、浜松市中央倫理法人会モーニングセミナーでお話したことと、内容は同じでしたが、浜松のときに、幼少の頃の父母の話や自分の子どもの話ももっと聴きたかったとおっしゃった方がいたことと、名古屋市西倫理法人会が、もともと、家庭倫理の会だったことをお聞きし、浜松のときよりも、父母（特に母）の話と、私の子どもとの話を少し長めにお話しました。付け加えた内容は・・・私が生まれてまもなく、会社経営に行き詰った父は、家にまったく帰らずに、会社をたてなおすため、借金返済のため、食べるものもままならない状態で働いていたのですが、一方で、家庭の方は、3人の子どもをかかえて母が必死で働いており、それはそうと母はちょっと変わった人で、「お父さんは日本一立派な人で・・・」とか「お父さんはそのうち教科書に載るぐらいすごい人で・・・」とか子どもたちに言い聞かせていました。食べるものさえ底をついてしまう生活にも関わらず、末っ子で一番染まりやすく単純な私などは、本当に「私のお父さんは日本一立派な人」と思い込んで育ちました。朝晩、父の特大モノクロ写真に向かって母と子ども3人、正座して三つ指ついて「お父さん、おはようございます」「お父さん、今日一日ありがとうございました」と帰ってこない父にあいさつし、ときどき父へ3人で手紙を書いたり・・・・大人になってから思えば、恥ずかしいくらいですが・・・。「お父さんのせいで貧乏」と思ってもおかしくない状況にありながら、よくあんなふうに、働くことのすばらしさや、プラス思考を植えつけて育ててくださったなあと母に感謝しています・・・という内容です。前泊でホテルに到着してチェックインしてから、箇条書き原稿を復習しながら、いろんなことを思い出しました。現在の自分に関する反省もふつふつ湧き上がってきました。スピーチするということは、聴いてくださる人よりも、誰よりも自分自身が、一番勉強させていただく機会なんだな・・・と改めて思いました。この日は、愛知県倫理法人会の日比野会長や豊田市倫理法人会の青木さん、半田倫理法人会の鈴木さんも駆けつけて下さいました。感謝いたします。ありがとうございました。写真は・・・話し終わったあと、講師席からみなさんを撮ったものです。左から、鈴木さん、青木さん、日比野会長です。講師演台から撮った、窓外の、満開の桜。会場のホテルは丸の内にあり、桜で彩られていました。</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sun, 06 Apr 2008 02:17:00 +0900</pubDate>

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<title>ルーコの井上美穂さんが浜松で講演</title>
<description>２月１５日浜松市中央倫理法人会のモーニングセミナーでルーコの井上美穂さんが講演しました。戸塚会長の依頼を受け、豊田市倫理法人会からドンドン、浜松市倫理法人会に参加させていたたき、良い勉強の機会をいただき感謝です。井上さんは、地域ブログを立ち上げ、地域にとても良いコミニュケーションの場を作ってくれました。そんな美穂さんの話のテーマは「倫理法人会で学び、会社が激変」１９９９年に事務所開設、２００３年にルーコ設立、頑張っている自分とスタッフの摩擦、不満が一杯のときに倫理に出会い、倫理塾で戸塚先生に学び表面的な自分に気付き、経営理念を確立して、実践して自分を変えることでスタッフの力を活かすことになり、経営理念の「喜びをつくろう」が地域ブログ誕生となり、お客様の繁栄のお手伝いに繋がって行き、スタッフにも良い仕事ができるようになって来たことなど、素晴らしい話で、皆　、感動して聞きました。豊田からも応援部隊が駆け付け、盛り上がったモーニングセミナーになりました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山中　敦子</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Fri, 15 Feb 2008 16:47:42 +0900</pubDate>

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<title>コバック小林社長 半田倫理法人会で講演</title>
<description>今朝、6:00〜7:30、小林副会長／車検のコバック 代表取締役が、半田倫理法人会の1周年記念モーニングセミナーで講演され、拝聴してきました。山中会長と、服部さんもいらっしゃていました。（写真手前）「上手くいく2代目社長業」というテーマの講演でした。生まれたころにさかのぼり、順を追って、現在にいたるまで、“2代目”として生きてきた自身の事業発展の道と心の変遷を語られました。コバックの前身「小林モータース」に入社したころ、社員5名の整備工場で、「なんとかなるだろう」と思っていた、豊田市内の同業社長からは「お前は会社を潰す」といわれたけれど自分が潰しては、最悪の人生になる、誇りをもって次世代へ継承することが使命と考えたそうです。以下、小林社長の言葉からまとめます。---------------------------------------------------------------------------------車検という商品は、お客様からは、いくらかもわからない、何をしてるのかもわからない。だから、自分という人間を信頼してもらって、半年、1年かかって人間関係でようやく受注できるものだった。自動車販売会社が車検もするというのが定番の社会で、車検単体販売で生きていくのは相当困難なことだった。何かしなければ、もう、倒産してしまう・・・チラシを30万枚も刷って、新聞折込や、自身の手でポスティングもした。でも、反応0。バカ息子がついにやらかした、という感じの社員の冷たい視線。泣きっ面に蜂の状態で、人の話を素直に聞くことができるようになった。素直、という言葉に、後に倫理で出会い、改めて大切だと悟った。その頃の自分の、“素直”の状態は「神様教えて下さい、なんでも言う事を聴きます。教えてください！宜しくお願いします！」というくらい、崖っぷちのものだった。お客様の声をすべて素直にきいて実現していった。誰にとっても入りやすい店構え、新車の軽を代車としてお貸しする、代車はガソリン満タンでお貸しする・・・業界の“非常識”を次々とやって、父である社長からは、いつも、ことごとく反対を受けた。フランチャイズ展開については特に大変な反対で、毎日毎日、延々と、議論・口論。反対されても反対されても、あきらめず、父親を納得させる材料も出し続けた。ある日フランチャイズ展開することを、許してくれた。フランチャイズが失敗したとき、誰が責任をとるかといえば、やはり、代表取締役である父・・・そして次の難題である新規直営出店への挑戦も同じであった。お客様が１人もいない商圏に土地を買って、整備工場をつくって商売を始めることができるかどうか？これも前例がないため父から大反対をされ衝突の繰り返し。何ともならないので、悩みに悩んだ挙句に自問自答を繰りかえした。そしたら、心のどこかで、失敗しても親父がなんとかしてくれるだろうという二代目の甘さがあった。だから、自分が責任をとるとすれば、どういうとり方があるか、考え、誓った。「1年赤字が続いたら、丸坊主になって、一生親父の奴隷になる」。紙に書き、拇印を押した。父親に渡しはしなかったが、そういう思いが通じたのだろうと思う。今思うと、これが倫理でいう宇宙の法則かと。誰もやったことのない、車検整備工場の全国フランチャイズ展開。100人が100人「できない」というお墨付き？をもらっていた。自分を支えたのは、やる気だけ。やる気がすべての根源であり、成功の大きな秘訣。願望→目的→目標→戦略→戦術→計画→実行→成果。やる気があれば、100人が100人「できない」と言ったことも、実現できる。「駄目」「できない」・・・父から数々のマイナス言葉を浴びてきたけれど、倫理に出会い、「親父に100点満点をつけよう」と思い至った。長所を見つけて紙に書き、マイナス言葉を言われても、「親父は倫理を知らないから仕方ない」と戦うことはなくなった。新年会で、初めて「息子に感謝してる」と言ってもらえた。それですべてが許せた。やはり、父があっての自分であり、コバックであると今では思う。---------------------------------------------------------------------------------最後に、小林社長は、「ずっと衝突してきた父」に対する思いを語られました。批判や反対ではなく、“してもらってきたこと”を、次々と読み上げました。「あなたが懸命に家庭を支え、育ててくれたからこそ、　自分がいます」「あなたの創業があったからこそ、今のコバックがあります」・・・・というような内容で、次々と読み上げられたのです。小林社長が、ずっと苦しんで今の境地に至ったことが、声の感じからジンジン伝わってきて、聴いて涙する方も多く、私自身も、涙をこらえていました。すばらしい講演でした。二代目として生きる世代の私たちにとって、非常に貴重な講話でした。ありがとうございました。講話が終わるころ、朝日が昇り美しく輝いていました。報告：ルーコ　井上美穂</description>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 09:51:00 +0900</pubDate>

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<title>モーニングセミナーに行って来ました。</title>
<description>今朝は、四時起床で西三河のモーニングセミナーに行き、お話しをさせていただきました。テーマは「分封で学んだ普及の魅力」私が自分の会社の中だけの倫理から、外に向かっての倫理になった時知らない会社を訪ねる勇気、伝えることの難しさ、喜んで頂いた嬉しさにもう一軒訪問する気持ちに変わる心　など、普及に出逢わなければ、身に着けることにならなかった経験をお話させていただき、それゆえに、今回の１００人モーニングも、経験の中、　「打つ手は無限」で、一人一人が持っている力を活用しないと「もったいない！」精神でお願いしたこと、お正月をはさみ、言い訳の１つもしたかったかと思いますが、結果がすべてを物語っています。みんなの力はすごい！会社も、倫理も結果をださなければ、やったことにはならない！その精神を作るのは、実践のみ。イベントを行うたびに、一人一人が無くてはならない人になっています。仕事の時間を削ってする倫理の活動が自分の幅を広げる機会になる。と、自分の普及の体験と今回の新春１００名モーニングと合わせてお話させていただきました。１２月の県の役員会のときに、山本会長にスピーチを依頼され、心の中では年明け早々で、落ち着かないからチョツトと思ったこともありましたが、元気な１００人モーニングの後で、反対に鼻が高く、「そうか、スピーチの依頼はこのことに繋がっていたのか」と思いました。　西三河の方たちが、５時から始まった役員朝礼の整然とした列の美しさ、明るさお迎えの素晴らしさなどお褒めの言葉をたくさん頂きましたので、袋に入れて持って帰ってきました。１４日の反省会でなく、成功会にお出しします。本当に皆は素晴らしい。感謝です。</description>
<link>http://toyotarinri.boo-log.com/e6763.html</link>
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<category>他地域倫理法人会セミナー</category>
<pubDate>Sat, 12 Jan 2008 16:21:05 +0900</pubDate>

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