2013年09月09日
第224回豊田市南倫理法人会経営者モーニングセミナー
講師:ノエビア豊田販売会社 代表取締役社長 豊田市南倫理法人会 高濱耀圭美会長
テーマ:「本(もと)を忘れず、末を乱さず」
会長挨拶 三浦副会長
昨日は辞令交付式でした。
たくさんの役員の方々と一緒に名古屋まで、辞令を受け取りに行く事が出来ました。
高濱会長1年目の頃と比べると、今の豊田市南は格段に進歩していて、役員朝礼なども当初に比べて、素晴らしいまとまり方になってきました。
今のようになれたのはどうしてなのかと考えてみると、やはり初代村山明子会長と、下村修功専任幹事のがんばりが無くして、今の豊田市南は有り得なかったのだと思います。
いきなり今のレベルの豊田市南になろうと思ってもなれないのですから、これからももっともっと進化をしていくには、本を忘れずに邁進して行きたいと思います。
入会式
ハニーバニー 赤星亮 様
高濱会長の甥に当たる方で、お兄さんの赤星祐介感じからの紹介で、倫理法人会に入会を決めました。
これからも、よろしくお願いします。
高濱会長講話
「本を忘れず 末を乱さず」
今日は会長としての1年間の反省と、今年の抱負です。
私たちの本(もと)になるのは両親です。
私はお父さんが大好きで、お母さんみたいな人になりたいなと思って育ちました。
裕福ではなかったのですが、あたたかい家庭で、すくすくと育ちました。
主人と出会って結婚出来たのは、この家庭で育ったおかげだと思います。
主人はとても倫理的な人で、時間を守ること、そして、人を助ける時には、助けられないと思ったなら手を出すな、手助けをすると決めたならば絶対にその人の手を離すなと教えてもらいました。
私は普通の主婦をしていて、それ以前も普通に生きてきた世間知らずのお嬢さんでしたが、今のこの仕事を通して世間の厳しさを教わりました。
一人から始めて、会社が大きくなるにつれて、責任を持つことの厳しさを凄く感じました。
このお仕事をするきっかけは、当時、住んでいた同じ社宅の奥様から、ノエビア化粧品を勧められて、会員になれば安く買えるという事だけで、仕事をするつもりは全くありませんでした。
仕事をするつもりは無かったのに、お勉強が凄く好きで、ノエビアの仕事をする人の為の研修などは、楽しくて楽しくて、1年間は研修がある度に通っていました。
そうしましたら、友達から、そのお化粧品を使いたいと言われて、「高いから買わなくてもいいよ〜」と断ったのに、「でも、いいものなんでしょう?私も使いたい」と諦めてくれなかったので、全くその気がなかったのに、お客様が出来てしまいました。
それがきっかけで、私の苦難が始まり、また、私の幸福が始まりました。
倫理法人会に入会したきっかけは、光岡市議会院からの紹介でした。
「倫理はいい人たちばかりだから、あなたも入りなさい」と奥様に言われて、信頼している光岡先生の紹介ならばと、即、入会を決めました。
紹介された翌日には、山中敦子相談役がお店に来てくださって、倫理法人会について説明とお話をしてくださいました。
これが山中相談役との出会いです。
山中相談役は、社長が変われば会社が変わる、明るく仲良く喜んで働くこと、と教えてもらいました。
そして山中相談役から、「あなたにプレゼントがあるのよ」と言われて、初対面なのにプレゼントをくださるなんて、と驚き、何を頂けるのかとワクワクしていたら…
渡されたものは、なんと草取り鎌でした。
「高濱さん、建物横のところに草が生えているでしょう。
あなたの仕事は、人を美しくすることなのだから、こういうところもキレイにしておくのよ。
人は裏表があってはダメなのよ」
と言われ、初対面の人に向かってこんなことが言える人が居るのか…
親以外に、こんなに厳しく指導してくださる方がいるのかと衝撃を受けました。
それがきっかけで、山中さんがどんな人なのか知りたい!という思いで、朝起きるのが苦手な私が、死ぬ気でモーニングセミナーに行こう!と決心したら、朝パッと目が覚めて起きる事が出来ました。
初めての役員朝礼を見た時には、会社は、こんなふうに朝礼をするものなのだと思い、さっそく取り入れました。
その後、朝礼コンクールの出場が決定して、「やるからにはグランプリを獲りなさい」と山中相談役に言われて、一生懸命、練習をして、見事にグランプリを獲得しました。
朝礼から学んだこと、今日から今からスタートをするという、常に新鮮な気持ちを持つこと、
そして、みんなで揃えることの大切さを、すごく感じました。
その後、分峰があり、豊田市中央から豊田市北と豊田市南、同時に2つの会が出来る事になり、豊田市南へ移籍する事になりました。
村山明子会長、三浦副会長、高濱副会長という役割りが与えられ、村山会長は、「同時に2つの分峰は無謀」と反対をしていて、じぶんもそう思っていましたが、若い人たちからは意外にも賛成の超えが上がりました。
それを聞いて「やるしかないね」と村山会長から言われて、パッと気持ちが切り替わり、「この人を支えなきゃ!」と思いました。
そして、専任幹事がまだ決まっていない事に気づき、その会議の場に居た下村さんにすぐ専任幹事を頼みましたが、全く乗り気がなく、そもそも専任幹事の意味もよくわかっていないのに、引き受けてくださいました。
その場に居なかった三浦さんに電話して、副会長に就任した事を告げ、さらに村山明子さんが会長に決まった事を伝えると「刈谷の人だよね?無理無理、絶対ムリだ」と言われるが、「その村山さんが肚を括ったんだよ、支えるしかないでしょう!」と言うと、
「肚を括っちゃったの?…じゃあ、支えるしかないね」と、即決で三浦さんも覚悟を決めてくれて、いい男だなあ〜!と感動しました。
腹の括りが早い村山さん、それを支えるといった男気のある三浦さん、よくわからないけど専任幹事を引き受けてくれた下村さん、みんなで一生懸命、普及しました。
光岡先生も、市議会という看板ではなく、豊田市南の光岡ですと名乗って普及をしてくれました。
そして、村山会長から引き継いで、南の会長に就任が決まり、当時は全国から注目されていた単会なので、会長を引き受けるのが本当に嫌でした。
いちばん嫌なのは会長挨拶で、一生懸命やろうとしすぎて、力が入りすぎていて、それを見ていた近江屋さんから「高濱さんらしくやりなさい、失敗してもいいじゃない」というハガキを頂きました。
そのハガキを読んで、感動して号泣し、私らしくいこう、失敗してもいい、と思ってやれるようになりました。
会長1年目には、、「遠慮は傲慢という塊」を学びました
みんなに遠慮しすぎて、決定事項を遠回しにやんわりと伝えたりしていたが、これが良くなかったことに気づかされました。
今年は遠慮せずに、幹事みんなの力を最大限、発揮させるために、遠慮はしないで、一人一人を信じて、どんどん活動させて、豊田市南を作りあげていきます。
これからも、よろしくお願いします!
写真=太田浩 副事務長
文章=河野恵子 幹事
テーマ:「本(もと)を忘れず、末を乱さず」
会長挨拶 三浦副会長
昨日は辞令交付式でした。
たくさんの役員の方々と一緒に名古屋まで、辞令を受け取りに行く事が出来ました。
高濱会長1年目の頃と比べると、今の豊田市南は格段に進歩していて、役員朝礼なども当初に比べて、素晴らしいまとまり方になってきました。
今のようになれたのはどうしてなのかと考えてみると、やはり初代村山明子会長と、下村修功専任幹事のがんばりが無くして、今の豊田市南は有り得なかったのだと思います。
いきなり今のレベルの豊田市南になろうと思ってもなれないのですから、これからももっともっと進化をしていくには、本を忘れずに邁進して行きたいと思います。
入会式
ハニーバニー 赤星亮 様
高濱会長の甥に当たる方で、お兄さんの赤星祐介感じからの紹介で、倫理法人会に入会を決めました。
これからも、よろしくお願いします。
高濱会長講話
「本を忘れず 末を乱さず」
今日は会長としての1年間の反省と、今年の抱負です。
私たちの本(もと)になるのは両親です。
私はお父さんが大好きで、お母さんみたいな人になりたいなと思って育ちました。
裕福ではなかったのですが、あたたかい家庭で、すくすくと育ちました。
主人と出会って結婚出来たのは、この家庭で育ったおかげだと思います。
主人はとても倫理的な人で、時間を守ること、そして、人を助ける時には、助けられないと思ったなら手を出すな、手助けをすると決めたならば絶対にその人の手を離すなと教えてもらいました。
私は普通の主婦をしていて、それ以前も普通に生きてきた世間知らずのお嬢さんでしたが、今のこの仕事を通して世間の厳しさを教わりました。
一人から始めて、会社が大きくなるにつれて、責任を持つことの厳しさを凄く感じました。
このお仕事をするきっかけは、当時、住んでいた同じ社宅の奥様から、ノエビア化粧品を勧められて、会員になれば安く買えるという事だけで、仕事をするつもりは全くありませんでした。
仕事をするつもりは無かったのに、お勉強が凄く好きで、ノエビアの仕事をする人の為の研修などは、楽しくて楽しくて、1年間は研修がある度に通っていました。
そうしましたら、友達から、そのお化粧品を使いたいと言われて、「高いから買わなくてもいいよ〜」と断ったのに、「でも、いいものなんでしょう?私も使いたい」と諦めてくれなかったので、全くその気がなかったのに、お客様が出来てしまいました。
それがきっかけで、私の苦難が始まり、また、私の幸福が始まりました。
倫理法人会に入会したきっかけは、光岡市議会院からの紹介でした。
「倫理はいい人たちばかりだから、あなたも入りなさい」と奥様に言われて、信頼している光岡先生の紹介ならばと、即、入会を決めました。
紹介された翌日には、山中敦子相談役がお店に来てくださって、倫理法人会について説明とお話をしてくださいました。
これが山中相談役との出会いです。
山中相談役は、社長が変われば会社が変わる、明るく仲良く喜んで働くこと、と教えてもらいました。
そして山中相談役から、「あなたにプレゼントがあるのよ」と言われて、初対面なのにプレゼントをくださるなんて、と驚き、何を頂けるのかとワクワクしていたら…
渡されたものは、なんと草取り鎌でした。
「高濱さん、建物横のところに草が生えているでしょう。
あなたの仕事は、人を美しくすることなのだから、こういうところもキレイにしておくのよ。
人は裏表があってはダメなのよ」
と言われ、初対面の人に向かってこんなことが言える人が居るのか…
親以外に、こんなに厳しく指導してくださる方がいるのかと衝撃を受けました。
それがきっかけで、山中さんがどんな人なのか知りたい!という思いで、朝起きるのが苦手な私が、死ぬ気でモーニングセミナーに行こう!と決心したら、朝パッと目が覚めて起きる事が出来ました。
初めての役員朝礼を見た時には、会社は、こんなふうに朝礼をするものなのだと思い、さっそく取り入れました。
その後、朝礼コンクールの出場が決定して、「やるからにはグランプリを獲りなさい」と山中相談役に言われて、一生懸命、練習をして、見事にグランプリを獲得しました。
朝礼から学んだこと、今日から今からスタートをするという、常に新鮮な気持ちを持つこと、
そして、みんなで揃えることの大切さを、すごく感じました。
その後、分峰があり、豊田市中央から豊田市北と豊田市南、同時に2つの会が出来る事になり、豊田市南へ移籍する事になりました。
村山明子会長、三浦副会長、高濱副会長という役割りが与えられ、村山会長は、「同時に2つの分峰は無謀」と反対をしていて、じぶんもそう思っていましたが、若い人たちからは意外にも賛成の超えが上がりました。
それを聞いて「やるしかないね」と村山会長から言われて、パッと気持ちが切り替わり、「この人を支えなきゃ!」と思いました。
そして、専任幹事がまだ決まっていない事に気づき、その会議の場に居た下村さんにすぐ専任幹事を頼みましたが、全く乗り気がなく、そもそも専任幹事の意味もよくわかっていないのに、引き受けてくださいました。
その場に居なかった三浦さんに電話して、副会長に就任した事を告げ、さらに村山明子さんが会長に決まった事を伝えると「刈谷の人だよね?無理無理、絶対ムリだ」と言われるが、「その村山さんが肚を括ったんだよ、支えるしかないでしょう!」と言うと、
「肚を括っちゃったの?…じゃあ、支えるしかないね」と、即決で三浦さんも覚悟を決めてくれて、いい男だなあ〜!と感動しました。
腹の括りが早い村山さん、それを支えるといった男気のある三浦さん、よくわからないけど専任幹事を引き受けてくれた下村さん、みんなで一生懸命、普及しました。
光岡先生も、市議会という看板ではなく、豊田市南の光岡ですと名乗って普及をしてくれました。
そして、村山会長から引き継いで、南の会長に就任が決まり、当時は全国から注目されていた単会なので、会長を引き受けるのが本当に嫌でした。
いちばん嫌なのは会長挨拶で、一生懸命やろうとしすぎて、力が入りすぎていて、それを見ていた近江屋さんから「高濱さんらしくやりなさい、失敗してもいいじゃない」というハガキを頂きました。
そのハガキを読んで、感動して号泣し、私らしくいこう、失敗してもいい、と思ってやれるようになりました。
会長1年目には、、「遠慮は傲慢という塊」を学びました
みんなに遠慮しすぎて、決定事項を遠回しにやんわりと伝えたりしていたが、これが良くなかったことに気づかされました。
今年は遠慮せずに、幹事みんなの力を最大限、発揮させるために、遠慮はしないで、一人一人を信じて、どんどん活動させて、豊田市南を作りあげていきます。
これからも、よろしくお願いします!
写真=太田浩 副事務長
文章=河野恵子 幹事
Posted by 豊田地区倫理法人会 at 17:19
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│豊田市"南"倫理法人会の活動
この記事へのコメント
河野さん、詳しい解説ありがとうございました!
Posted by 山中浩晃 at 2013年09月14日 13:11